駄菓子屋専用什器

誰でも簡単に作れる、駄菓子屋専用の什器が完成しました。

基本サイズは1800×1800×2000で、茶室と同じひと坪。

このスペースに約250アイテムの商品を陳列できます。

参考)当店で一番大きな呉服町店で1200アイテム

弊社が培ってきた駄菓子陳列ノウハウを詰め込みまくってます。

今風のシンプルテイストも加えつつ昭和レトロなアイテムをプラス。

射的、型抜き、輪投げ、千本引きといったアソビモジュールを追加できます。

約13種類の単純なパーツで構成されており、工具が必要なのは骨組みだけ。

棚板、マス棚、ヒサシ、壁に至るまで、棚柱とブラケットで構成。

工具無しで取り付け、取り外しができます。

↑ちょっと見づらいですが絵のように、当初は壁でクローズな雰囲気を作り、その後売り場拡張のため壁を棚板とマス棚に変更、などが容易です。

柱と梁を追加し骨組み自体を写真左右・奥手前にも拡張することもできます。

設営、撤去、移動、拡張、縮小、状況に応じて柔軟にカタチを変えることができます。

屋内で屋根は消防法に抵触する可能性があるため、「屋根風」に見せたバージョンも用意しています。

開発の背景。駄菓子屋界隈は什器と陳列スキル不足が深刻っていうのを駄菓子屋自身も認識してないと思う

弊社では駄菓子屋開業のお手伝いをすることがあるのですが、いつも困っていたのは什器(じゅうき)でした。

什器とは店舗で使う商品陳列用の棚とか台とかバスケット等のことです。

しかし世の中に什器屋さんとシステム什器はたくさんあれど、駄菓子専用に開発されたものは皆無(!)

仕方なくニトリなどで買ってきた棚にちょっと置くか、大工さんにお願いするわけですが、大工さんも施主さんも駄菓子屋の陳列をよく知らないので、非常に難儀することが多い。

施主さんに相当なセンスがあり、ものすごく魅力的な店内の駄菓子屋さんもありますが、ほんの一握りですし、費用もかかる。

先日のホテルニューアカオ様で大工さんに作ってもらった小屋がありましたが、さすがにしっかりした作りですが、やはり値が張ります。

駄菓子屋文化のはじまりは什器からだった

駄菓子屋が勃興した戦後の事情を紐解くと、当時どこの家庭にもあった「土間」と「什器」がカギでした。

戦前は一般家庭には軒があり、玄関をくぐると広々とした土間に釜戸と水場があり、一切の炊事洗濯をこなしていました。

戦後に洗濯機と炊飯器が普及し土間は機能を失い、主婦はその重労働から解放され、時間ができた。

近所にはベビーブームでこどもがたくさんいる。

↑創業当時のあまのや繁田商店伝馬町本店

戦争が終わり軍需産業から解放されたグリコ森永ロッテ明治といった大手菓子メーカーはなんとか自分の商品を売りたいと考え、お菓子と什器を持って、一般住宅の門戸を叩いたそうです。

「この空いてる土間にウチの什器とお菓子を置けば、近所には子供も沢山いるし明日から収入ができますよ!」

これが全国一斉、同時期に駄菓子屋が勃興した理由です(だと勝手に思ってます)。

実際、僕が20年ほど前に配達に回っていた静岡市内の古い駄菓子屋さんからそのように聞き及んでいましたし

「俺はなぁ、この駄菓子屋でこども3人を大学に入れたんだよ!」

と誇らしげに話す店主の言葉が耳に残ります(しかも確か1人か2人東大)

お父さんが会社員でお母さんが駄菓子屋さん、ではなく、夫婦で専業駄菓子屋やって、大学3人ですよ!?

昔はそのくらいこどもが沢山いたし、コンビニスーパー100均ディスカウントも無く、本当に儲かったんでしょうねぇ…

なので、今の時代に合った適切な素材、仕様、価格の、windows95みてえなデファクトスタンダード駄菓子什器で、すべての駄菓子売り場を救いたい

僕が実家に帰ってきた20年ほど前からずーっと温めてきた構想。

思い出補正なく、昭和レトロを押し付けるではなく、今風で、今の親世代こども世代にも受け入れられる、真っ当であるべきデザイン。

いろんな業者や個人のいろんな事情や状況にハマる柔軟な構造。

何かを塗って古く見せるとかせず、手に入りやすい素材を少しの加工で素のまま使うから価格を抑え、導入のハードルを下げる。

っていうのがようやく完成したので、これから正式リリースの準備をしていきます。

よろしくお願いします!

お気軽にお問合せくださいませ!
株式会社繁田平作商店 担当繁田
054-252-2676

ABOUTこの記事をかいた人

フリーペーパーの編集、量販店バイヤーを経験したのち、実家の家業である菓子問屋「あまのや繁田商店」を継ぎ4代目に。 旅とバイクとコーヒーが好き。