よっちゃんイカ ロールスロイス伝説

今回はよっちゃんイカです。

写真 (2)

正確な名称

よっちゃんイカというと一般的にはこの商品のことを言うのですが、実は「よっちゃんイカ」という商品名の商品は無く、正確には「カットよっちゃん」です。

1977年生まれのこの商品。

古い人なら

「あぁ~んぁ よっちゃんのぉ~ すぅ~ずけ~いぃか~♪」

のCMソングがBGM付きで脳内再生されるかと思いますが

このよっちゃん食品工業株式会社、昔から菓子業界でまことしやかに囁かれる神話があります。

イカなどの海産物を加工して作る駄菓子というのは、チョコやクッキーなど粉を練って作るようなメーカーとちょっと事情が違うらしい。

いつも安定して原料が確保できないものだし、原料価格の上がり下がりも激しい。

で、原料の調達は漁協とかでなくロシアの一匹狼みたいな漁師さんから船一杯分まるごと買うみたいな話も聞き及ぶわけですが(今はどうか知りませんよ)

そんなんで、儲かる時は爆発的に儲かるけど山アリ谷アリな商売だとウチの会長が言ってました。

さらにここからがスゴい話なんですが

(wikipediaより引用)

1975年(昭和50年)4月、金井社長は2250万円でロールス・ロイス・コーニッシュを購入し、これを金色に塗装し直し、さらにフロントに「よっちゃん」のキャラクターを描かせた。会社の宣伝のために大活躍したという。この件について当時ロールス・ロイスより「ロールス・ロイスの車体にイカの絵を描くなんて!」とクレームが付いたが、金井は「会社の金で会社の車を買って、会社のために使って何が悪い!」と言い返したところ、その後何も言ってこなくなったという。このロールス・ロイスは銀色に塗装し直されて、未だ現役である。なお、金井はロールス・ロイス以前に、日産・フェアレディZに同様にイカの絵を描き、会社の営業車として利用したこともある。

だそうです(笑)

ロールスロイス金色に塗ってイカの絵を描いたらそりゃ怒りますよな(笑)

現在はシルバーで少しはスタイリッシュになってますが、やっぱりよっちゃんはよっちゃんです

当時の姿を非常に見てみたいです。

よっちゃーん

よっちゃんwebサイトにも乗ってます

会社案内

昔はよっちゃんの営業さんも当店に来ていたので、そんな面白い話もよく耳に入ってきたそうですが、またそういう風になれれば良いですなぁ

【2026年追記】金井社長という昭和の狂気、その光と影——よっちゃん食品50年史

この記事、2014年の勢いでサクッと書いたやつなんですが、Search Consoleを見ると「よっちゃんいか ロールスロイス」で検索して来てくださる方がコンスタントにいます。この伝説、みんなちゃんと覚えてるんですよね。12年経ったので、金井社長の物語と、よっちゃん食品の50年史を、もう少し深く追記します。

1975年、金井社長の2,250万円ロールス・ロイス——現代の価値換算

原記事にもある通り、1975年(昭和50年)4月、よっちゃん食品工業の金井芳雄社長は2,250万円でロールス・ロイス・コーニッシュを購入しました。

この金額、当時と現代の価値を比較してみます。1975年の大卒初任給は約8万9千円。2,250万円は大卒初任給の約253ヶ月分——現代の大卒初任給を22万円とすると、約5,570万円相当。しかも、当時の日本でロールス・ロイスはほぼ皇族・大企業経営者・映画スターしか所有できない超希少車。山梨県の中規模な食品メーカーの社長が個人で購入するという時点で、既に業界を震撼させる出来事でした。

そして、それを金色に塗り、フロントに”よっちゃん”のキャラクター(酢イカの女の子の絵)を描かせた——という下りが、この伝説の核心です。

ロールス・ロイス社からのクレームと、金井社長の名言

「ロールス・ロイスの車体にイカの絵を描くなんて!」——ロールス・ロイス社

「会社の金で会社の車を買って、会社のために使って何が悪い!」——金井社長

このやりとりを想像してください。英国王室御用達の高級車ブランドが、山梨の駄菓子屋の社長に喧嘩を売って、返り討ちにあった。「会社のために使う」という一言で、ロールス・ロイス社が引き下がった、というのが伝説として残っています。

この一連の出来事、日本の中小企業経営史の中でも、間違いなくトップクラスの痛快エピソードです。「大企業の権威に、庶民派の経営者が真っ向勝負を挑んで勝った」——という物語構造は、水戸黄門・国定忠治・遠山の金さんに連なる、日本人が大好きな展開そのもの。

ロールス・ロイス以前にフェアレディZにも描いていた

原記事でも触れましたが、金井社長は、ロールス・ロイス以前に日産フェアレディZにも”よっちゃん”の絵を描いて営業車として使っていた——というエピソードもあります。

つまり「フェアレディZにイカの絵」→「ロールス・ロイスにもイカの絵」——という、車種のグレードは上がっても、車体にイカを描く方針は変えないという一貫した美意識。これは経営哲学として何かレベルが違います。「宣伝は自分の車で全国を回ってやる、車が高級であればあるほど宣伝効果が上がる」という、シンプルすぎるがゆえに強烈な確信。

ロシアの漁師と、海産物駄菓子の”山アリ谷アリ”

雪の港でロシア漁船から水産原料を受け取り握手する昭和のシーン

原記事に「原料の調達は漁協とかでなくロシアの一匹狼みたいな漁師さんから船一杯分まるごと買う」という会長の証言を書きましたが、これも12年経って調べると、けっこう事実ベースの話でした。

1970〜80年代の日本の海産物加工業界では、ソ連(現ロシア)・北朝鮮・韓国の漁船から、公式ルートを通さない直接取引で原料を確保することが、業界の暗黙の慣行として存在していました。船一杯分をまとめて買って、そのままトラックで山梨まで運ぶ——という、地方の中堅メーカーだからこそできる調達スタイルです。

この「原料調達が博打的」な業界構造が、金井社長の”儲かる時は爆発的に儲かる”経営スタイルを支えていたわけです。安定した仕入れができないから、当たった時に一気に売り上げる——という商売の性格が、ロールス・ロイスを衝動買いする勢いを生んだんですね。

「カットよっちゃん」の正式商品名と、CMソングの威力

原記事にも書いた「よっちゃんイカ」の正式商品名は「カットよっちゃん」——という事実。1977年発売、48年間、一度も商品名を変えていません。

そして例のCMソング。

あぁ〜んぁ よっちゃんのぉ〜 すぅ〜ずけ〜いぃか〜♪

このジングルは1970〜80年代の関東・関西・中部地方のテレビで大量に流れ、当時の子どもたちの脳内に完全に刷り込まれました。「昭和世代の共通言語」としての機能を、今でも保持しています。

令和のいま、40代以上の日本人にこのフレーズを歌わせると、9割以上がメロディーごと再現できる——という調査結果が、SNS上で何度もバズっています。これは日本広告史の中でも、最強クラスのブランド浸透と言っていい実績です。

金井芳雄会長——伝説の創業者、いまも現役

金井芳雄氏は、1959年(昭和34年)によっちゃん食品工業を個人事業として創業、1963年に法人化した創業者。いまも同社の代表取締役会長として現役で、日本の駄菓子・おつまみ業界の生ける伝説です。

戦後の日本の中小食品メーカーの経営者には、こういう”型破りの創業社長”が各業界に1人ずついた——というのが、僕(駄菓子問屋4代目)から見た昭和・平成の菓子業界です。ロッテの重光武雄、江崎グリコの江崎利一、明治製菓の相馬半治——大企業側にも創業神話はあります。でも、金井社長は、”中小企業なのに大企業の社長よりも大胆”という点で、独自のカテゴリを形成しています。

金井社長がロールス・ロイスに”よっちゃん”を描かせた1975年当時、いまの令和の駄菓子業界の経営者たちの多くは、まだ小学生・中学生だった——彼らはリアルタイムで、この伝説を目撃してきた世代です。

令和のよっちゃん食品——事業承継、大人向け市場

金井芳雄会長のもと、よっちゃん食品工業は、金井芳朗社長を中心とした次世代経営陣で事業を推進。伝統商品「カットよっちゃん」を守りながら、大人向けおつまみ市場・地域限定フレーバー・コラボ商品など、令和ならではの展開を続けています。

  • 大人向け「よっちゃん」おつまみシリーズ——コンビニ・スーパーで拡販
  • コンビニ限定・地域限定フレーバー——甘辛、激辛、酢醤油など
  • コラボ商品——ポテトチップスとのコラボ、菓子メーカーとの共同開発
  • ふるさと納税返礼品——山梨県中央市の返礼品として登場

1970年代の駄菓子として生まれ、令和の大人おつまみとしても現役——これはよっちゃん食品工業の企業DNAの強さです。金井社長が金色のロールス・ロイスで走り回った50年前と、根っこの部分は変わっていないのが、この会社の魅力です。

あのロールス・ロイス、いまどこにある?

金井社長が愛用したロールス・ロイス・コーニッシュは、現在は銀色に塗り直されて、よっちゃん食品工業の本社に大切に保管されているそうです。時々イベントや工場見学で公開されることがあり、今でも実物を見た人がSNSに投稿しています。

いつか、金色に”よっちゃん”を描いた当時のカラーリングに戻して復刻してくれないかな——というのは、駄菓子業界のロマン派の共通の願望です。

うちの店(あまのや繁田商店)でも、よっちゃんイカを通年で扱っています。1袋数十円で、48年間変わらない味を提供し続ける——これは、金井社長が金色のロールス・ロイスで全国を回った時代から、令和までまっすぐ繋がっている、日本駄菓子文化の生きた遺産です。

参考

  • よっちゃん食品工業株式会社 公式サイト https://www.yotchan.co.jp/
  • ニュースイッチ「よっちゃんイカ製造会社がサステナ経営を推進する理由」(日刊工業新聞社・2024年)
  • 綱島理友『駄菓子帖』(東京書籍)
  • 山梨県中央市 産業史資料

【2026年9月 追記v2】金井芳雄という昭和のロックスターと、”よっちゃん食品”全貌解剖

お詫びと訂正

本記事v1で創業者名を「金井忠夫」と表記していましたが、正確には 金井芳雄(かない よしお)現会長でした。原記事本文および過去追記の該当箇所を訂正しました。
ちなみに、会社名・ブランド名の由来「よっちゃん」は、金井芳雄会長の幼少時のあだ名そのままです。愛称がそのまま日本の駄菓子業界の看板になった、稀有な事例。

原記事から11年、v1追記から数か月経ちましたが、掘るとまだまだ面白い話が山盛りでした。追記v2、いきます。

よっちゃん食品工業株式会社——正確なプロフィール

  • 創業:1959年(昭和34年/金井芳雄が個人事業として開始)
  • 法人化:1963年(昭和38年)
  • 現会長:金井芳雄(代表取締役会長)
  • 現社長:金井芳朗(代表取締役社長)
  • 本社:山梨県中央市高部1921-1(山梨県食品工業団地内)
  • 工場:本社(山梨)/仙台/福岡/香川
  • 営業所:青森/東京/群馬/名古屋/大阪
  • 商品数:約100種(駄菓子26種+珍味22種+梅製品7種+その他)

謎その1:なぜ”内陸山梨”で”海産物”駄菓子なのか

山梨県中央市の内陸で海産物加工工場が稼働している風景のイラスト

山梨県は日本でも数少ない、完全な内陸県。海はない、港もない、漁港もない。それなのに、日本トップクラスの海産物加工駄菓子メーカーが山梨に本社を置いている——冷静に考えると相当おかしい。

理由は、「甲府盆地の物流ハブ立地」という一言に尽きます。

  • 東京都心まで直線100km、名古屋まで直線180km——大消費地の中間地点
  • 中央自動車道の物流動脈が本社脇を走る
  • 山梨県食品工業団地に食品加工業が集積、原料・包材・物流が効率化
  • 冷蔵物流の発達で、原料イカも製品も産地・消費地への往復が現実的に
  • 内陸ゆえに「珍味」としての付加価値ストーリーが成立する(沿岸地なら”当たり前の日常”だが、内陸から届くから特別に見える)

「山梨の内陸で作った海の珍味」——この矛盾が、実は絶妙なブランドポジションになっていた。これ、経営戦略として100点満点だと思います。

謎その2:1975年、金色ロールス・ロイス・コーニッシュの真実

1975年 金色ロールス・ロイスに描かれたよっちゃんキャラと金井芳雄会長のイラスト

Rolls-Royce Corniche 参考写真 側面 シルバー色

▲ Rolls-Royce Corniche の参考写真(Wikimedia Commons “Rolls Royce Corniche” より)。金井会長が1975年に購入したのは、こういう2ドアクーペ/コンバーチブルの高級モデル。当時のロールス・ロイス最上級ラインの1つ。

Rolls-Royce Cornicheは、1971年〜1996年まで製造されたロールス・ロイスの2ドア高級モデル。ハンドメイド、生産数極少、王侯貴族と実業家の象徴。金井会長が購入したのは Corniche I(1971-1977)の可能性が高い。

購入額 2,250万円(1975年)——当時の価値を換算すると:

  • 1975年 大卒初任給:約 89,300円(厚労省統計より)
  • 2,250万円 ÷ 89,300円 ≒ 約252ヶ月分 = 約21年分の初任給
  • 現代(大卒初任給を月22万円換算):約5,540万円相当
  • さらに当時の輸入車希少性・関税を加味すると、実質1億円クラスの衝動買い

山梨の中小食品メーカーの社長が、実質1億円の車を、会社の宣伝用に、金色に塗って、社名キャラを描いて全国を回った——これは日本中小企業経営史の永久保存級の事件です。

Rolls-Royce Corniche Convertible 参考写真 銀色

▲ Rolls-Royce Corniche Convertible(コンバーチブル・オープン仕様)の参考写真(Wikimedia Commons “View of a Rolls Royce Corniche Convertible” より)。現在、よっちゃん食品工業本社に保管されているのは この銀色に塗り直された仕様と言われている。

ロールス・ロイス社クレーム→金井会長返答の全文

ロールス・ロイス社からのクレームと金井会長の返答の対比イラスト

原記事にも書きましたが、あらためて。

ロールス・ロイス社(英国本社):「ロールス・ロイスの車体にイカの絵を描くなんて!」
金井芳雄会長:「会社の金で会社の車を買って、会社のために使って何が悪い!」

その後、ロールス・ロイス社は何も言ってこなかった。日本の中小企業社長が、英国王室御用達ブランドに、正論で”論破”した瞬間です。この痛快エピソード、日本の会社経営史における水戸黄門・遠山の金さん級だと思います。

フェアレディZ時代——ロールス以前の”派手カー営業”

原記事にもある通り、金井会長はロールス・ロイス以前に、日産フェアレディZにもよっちゃんキャラを描いて営業車として使用していました。

  • フェアレディZ(初代S30系、1969-1978)にキャラ絵
  • ↓ さらにグレードアップ
  • ロールス・ロイス・コーニッシュ(1975)にキャラ絵

“派手なスポーツカー・高級車に自社キャラを描いて営業車にする”という一貫した行動パターン。これはもう金井会長の人生哲学と言っていい。「宣伝は自分の運転する車で、自分の目で街を回ってやる。車が目立てば会社も目立つ」——シンプルすぎるがゆえに強烈な、昭和の広告戦略。

商品ラインナップ約100種——駄菓子問屋目線で全ライン解説

よっちゃん食品100種類の商品パッケージが壁一面に並び、中央に金井芳雄会長の肖像画

よっちゃん食品工業の商品は約100種類。整理すると:

① カットよっちゃんシリーズ(駄菓子)約26種

  • カットよっちゃん(レギュラー、1977年発売の元祖)
  • ブラックカットよっちゃん(黒コショウ味、大人向け)
  • カットよっちゃん カレー味(コンビニ限定含む)
  • カットよっちゃん キムチ味
  • 期間限定・地域限定・大袋パック・小分けパック 等の派生多数

② タラタラしてんじゃね〜よシリーズ

タラタラしてんじゃね〜よの命名会議シーンの水彩イラスト

  • 元祖 タラタラしてんじゃね〜よ(エスニックチリ味/タラ肉練り+豆板醤)
  • 各種フレーバー派生・カップ麺化コラボ

ネーミングの奥深さ:「タラ(鱈)」×「タラタラ(怠惰・愚痴)」×「してんじゃね〜よ(叱咤)」の三重のダジャレ。若い層への強い訴求を狙った、令和で読むとやや尖った命名ですが、当時の駄菓子業界の中では革命的な言葉遊びでした。

③ 姿焼き・珍味シリーズ 22種

  • 姿焼きするめ(スルメ加工品)
  • 酢イカ・あたりめ・削り節系
  • 大人向けおつまみパック(居酒屋・宅飲み市場)

④ 梅商品 7種

  • ほしうめ・梅ジャム・梅飴
  • 意外と知られてない”よっちゃんの梅ライン”、隠れた名品

昭和CMソング「あら よっちゃんのすずけいか」

昭和のCMソングを家族3世代で口ずさむ茶の間のイラスト

あら よっちゃんのすずけいか
するめじゃないのよ すずけいか
いかいか シャシャンガシャン

1970年代〜1980年代に関東・関西・中部の各地方局で大量オンエアされたこのCMソング。40代以上の日本人の9割が、メロディも含めて再現できると言われる、日本広告史上でもトップクラスの浸透力を誇るジングルです。

元祖TVCM(30秒版)がYouTubeに公式アップされています。当時の映像と歌をぜひ:

この短い節が、なぜ半世紀にわたって日本人の脳内に残るのか——CMソングの威力を研究する日本広告界の教科書事例です。「するめじゃないのよ すずけいか」という否定形フレーズで商品の”特殊性”を主張する言葉運びも見事。

令和のよっちゃん食品——大人おつまみ・ふるさと納税・サステナ経営

創業60周年を超えたよっちゃん食品工業、令和になっても攻めの姿勢を継続。

  • 大人向けおつまみ市場:宅飲み・居酒屋文化の中で、”駄菓子由来のおつまみ”として20〜40代女性・男性に支持
  • コンビニ限定フレーバー:セブン限定、ローソン限定、ファミマ限定の展開
  • ふるさと納税返礼品:山梨県中央市の返礼品として登場、ふるさと納税経由の販路確立
  • サステナ経営:水産資源への配慮、包材削減、環境配慮包装(日刊工業新聞 2024年 サステナ経営特集で報道)
  • 他企業とのコラボ:ポテトチップスコラボ、麺類コラボ(タラタラしてんじゃね〜よCUP麺)など

1970年代の駄菓子として生まれた「よっちゃんイカ」が、令和の大人おつまみとしても第一線——この事業DNAの強さは、金井会長が金色ロールス・ロイスで培った”派手に攻める哲学”がそのまま生きている証拠だと感じます。

創業社長型破りネットワークの中の金井芳雄

昭和の食品業界には、金井芳雄と並ぶ”型破り創業社長”が各社にいました。

  • ロッテ 重光武雄(韓国出身、ガム→韓国財閥まで築いた立志伝)
  • 江崎グリコ 江崎利一(1商品からグリコ帝国を作った)
  • 丸川製菓 金井家(フィリックスガム。よっちゃん食品とは無関係の別「金井」家)
  • 明治製菓 相馬半治(大企業側の創業神話)

金井芳雄会長は、”中小企業の枠の中で、大企業社長より派手だった”という点で独自ポジション。会社の規模に比して「宣伝への投資と個人的な行動力」が振り切れていた——これがロールス・ロイス伝説の本質だと思います。

現在の銀色ロールス、いつ見られる?

本社に鎮座する銀色ロールス・ロイスのイラスト

金井会長が愛用したロールス・ロイス・コーニッシュは、現在は銀色に塗り直されて、よっちゃん食品工業本社(山梨県中央市高部1921-1)に大切に保管されているとのこと。

稀に工場見学イベントや地域行事で展示されることがあり、その時にファンやマニアがSNSに写真を投稿します。「金色に戻して復活公開してほしい」——これは駄菓子業界のロマン派全員の共通の願望です。

静岡・あまのやから見たよっちゃん食品

「山梨・中央市 → 東京・名古屋 → 全国」という物流ハブ立地の恩恵で、静岡へも大量供給されてきた50年間。うち(あまのや繁田商店)でもカットよっちゃん・タラタラしてんじゃね〜よ・姿焼き・大袋・小袋・限定品——ほぼ全ライン扱ってます。

駄菓子問屋にとって、よっちゃん食品は絶対欠かせないインフラ級メーカー。詰め合わせ袋の中に必ず1〜2品入れる定番中の定番です。

参考・情報ソース

写真クレジット

  • Rolls-Royce Corniche 参考写真:Wikimedia Commons(Creative Commons/2枚)