この記事は2014年3月に書いたものです。実は2019年、機械の老朽化でほさかの栗せんが一度製造休止になり、
「もう作らないのか?廃業したのか?」という不安が広がった時期がありました。
でも、2021年12月に沼津市大手町で新店舗兼工場をリニューアルオープンして見事に復活、
今も現役で作り続けています。詳細は記事末尾の「ほさか栗せん 2019年休止〜2021年復活の記録」にまとめました。

静岡ではCMでお馴染み…なんですかね、僕が子どもの頃は
「栗せん茶せんの!ほ・さ・か♪」的なCMが耳に残っていますが
静岡県沼津市のメーカーとして名高い「栗せん」は、昭和32年・昭和49年に両陛下に献上された歴史を持つ銘菓。
ウチでは通常品はウチが扱うには少々高価でしたので割れ煎の方を主に扱っています。
知らなかったのですが、栗せんって、ほさかだけでなく全国で作っているみたいです。
戦前に山梨県のメーカーが登録商標を持っていたそうですが、戦争のドタバタでか更新はされず、様々なメーカーで作られるようになったそうです。
どこが元祖か本家か、という話もありますが、美味しければそこが一番良いでしょう!
ということで他県の栗せんも味わってみたいものです。
【2026年追記】ほさか栗せん 2019年休止〜2021年復活の記録
この記事を書いたのが2014年3月。それから12年、静岡県沼津の銘菓「ほさかの栗せん」は、ちょっとした波乱万丈の時期を過ごしていました。駄菓子屋4代目として、ずっと気になっていたこの件、きちんと調べて記録しておきます。
2019年、衝撃の「作ってない」事件
2019年ごろ、ほさかの栗せんが店頭から姿を消し始めました。「機械の老朽化で製造を休止している」という情報が入り、問屋としても仕入れが途絶えました。
昭和3年(1928年)創業、昭和32年に昭和天皇陛下へ献上した輝かしい歴史を持つ沼津銘菓が、まさか機械の寿命で消えるかもしれない——これは静岡の菓子業界にとってかなりの衝撃でした。
栗せんの製造工程は、以下のようなシンプルで職人技の塊です:
- 北海道産の手亡(てぼう:白いんげん豆)100%の餡
- 三島の水と砂糖だけで作る、純粋な餡
- 国内産卵を黄身と白身に手作業で分離
- 秘伝の割合で混ぜて焼く
- 温度管理(攪拌温度・保存温度)が命
このシンプルな製法を支えていたのが、長年使い込まれた専用機械。この機械が寿命を迎え、交換・修理の目処が立たなくなった——というのが2019年の休止の背景でした。
2021年5月、復活の兆し
2021年5月、地元の沼津つーしんというメディアで「ほさか栗せん復活準備中」という嬉しいニュースが報じられました。「あの栗せんが帰ってくる」。沼津の人たちにとって、これは本当に大きな喜びだったはずです。
2021年12月、沼津市大手町で新店舗兼工場リニューアルオープン
そして2021年12月、ついに沼津市大手町5丁目2番9号で新店舗兼工場がリニューアルオープン。新しい設備と新しい工場で、ほさかの栗せんが復活しました。
公式サイト(hosaka-kurisen.com)に掲載されている現店長・保坂裕子さんの挨拶文には、こう書かれています:
「ほさかの栗せん」は昭和3年(1928年)に沼津で創業し、約1世紀にわたり、地元のお客様のみならず、全国からもお問い合わせをいただき「沼津銘菓」として多くの皆さまに親しまれてまいりました。
——
しかしながら、長らくご愛顧いただいている商品であっても、時代と共に技術が進化し、昨日良かったものが今日も良いとは限りません。常にそういう思いを持ち続け、現状に満足することなく、よりよい商品づくりを愚直に、誠実に励んでまいります。
「昨日良かったものが今日も良いとは限らない」——この一文がすべてを物語っています。機械が老朽化して一度は休止に追い込まれたが、それをきっかけに設備も製法も見直し、よりよい商品づくりへと再出発した。これは単なる “復活” ではなく、”継承と刷新” の物語なのです。
現在の商品ラインナップ(2026年時点)
公式サイトで確認できる現行商品は以下の通り:
- 栗せん(袋入り) 6枚入 432円 / 15枚入 918円
- 栗せん(化粧箱入り) 10枚 1,080円 / 20枚 2,160円 / 30枚 3,240円
- みかん飴 70g(袋入り)216円
- 茶飴 70g(袋入り)216円
そして2019年には、「富士山栗せん」が沼津ブランドに認定されました。これは機械老朽化と同じ年のこと——沼津市として「ほさかを失うわけにはいかない」という意思表示だったのかもしれません。
電話注文のみ、代引き配送のみ——昭和の商いが残っている
ネット通販全盛の時代に、ほさかの販売スタイルは実に昭和的です。
- 注文は電話のみ(055-951-1515)
- 支払いは代引き配送のみ(代引き手数料別途)
- 営業時間 10時〜16時
- 売り切れ次第終了
- 定休日 水曜日
この「売り切れ次第終了」という潔さ。1日に作れる量を作って、売り切れたらその日は終わり。これは手作業で卵を分けて、温度管理をして焼くという製法の必然であり、ほさかというお菓子屋のあり方そのものです。
旧記事で書いた「全国の栗せん」の話について
2014年の旧記事で、「栗せんはほさかだけでなく全国で作っているらしい、戦前に山梨のメーカーが登録商標を持っていたが戦争で更新されず、各地に広まった」と書きました。
12年経って改めて見渡すと、各地の栗せんの中でほさかの立ち位置はやはり特別です。昭和3年創業、天皇陛下への献上歴、全国菓子大博覧会での受賞歴(昭和36年「有功金賞」、昭和59年「技術優秀賞」)、そして富士山栗せんの沼津ブランド認定——地域の銘菓として、ここまで深く根を張っている栗せんメーカーはそう多くありません。
一度機械老朽化で消えかけて、復活した。この “一度死んで帰ってきた” という物語も、ほさかの栗せんにさらなる重みを与えたと思います。
駄菓子屋4代目として思うこと
戦後ずっと、全国に数えきれないほどあった地方銘菓が、一つ、また一つと消えていきます。原因はほぼ共通で、機械の老朽化・後継者問題・原料高騰・販売先の縮小。
その中で、ほさかは一度休止してから復活した。これは本当に希少なケースです。多くのメーカーは、休止=そのまま廃業になります。沼津という土地で、保坂家の人たちが、「もう一度やろう」と決めてくれた。この決断に、心からの敬意を表します。
静岡県の問屋として、沼津銘菓「ほさかの栗せん」が今もあることを、本当に嬉しく思っています。沼津にお立ち寄りの際は、ぜひ大手町のお店を訪ねてみてください。売り切れていなければ、昭和3年から続く手作りの栗せんが、あなたを待っています。
ほさか沿革(公式サイトより)
- 昭和3年(1928年)6月1日 沼津市添地町にて開業
- 昭和11年(1936年)4月 沼津市大手町(現在地)に移転
- 昭和32年(1957年) 天皇陛下へ栗煎餅を献上、ご嘉納の光栄に浴す
- 昭和36年(1961年) 第15回全国菓子大博覧会「有功金賞」受賞
- 昭和38年(1963年)4月 本社社屋落成
- 昭和42年(1967年)12月 沼津市日吉町に新工場落成
- 昭和59年(1984年) 第20回全国菓子博覧会「技術優秀賞」受賞
- 平成31年(2019年) 富士山栗せんが沼津ブランドに認定/機械老朽化で製造休止
- 令和3年(2021年)12月 沼津市大手町にて新店舗兼工場リニューアルオープン、復活
※ 参考:匠の銘菓 ほさか 公式サイト、CREA WEB「よみがえった沼津銘菓『栗せん』」(2023年9月)、沼津つーしん(2021年5月)
※ 関連記事:オリオン ミルク味チョコ 終売の記録、傘チョコ文化の終焉——”消えていくお菓子” を記録するシリーズとして、”消えずに帰ってきたお菓子” のこの記事を加えておきます。
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※ 画像出典:Wikimedia Commons(CC/パブリックドメイン)
📚 関連過去記事
公式サイトで分かる、現行商品のラインナップ
公式サイトから拝借した画像で改めて確認できる、ほさかの現行商品:
- 栗せん——昭和3年以来の看板商品。手亡豆の餡と秘伝の卵配合、1枚ずつ職人の手焼き
- みかん飴——伊豆みかんの果汁風味を活かした素朴な飴
- 茶飴——静岡のお茶文化と結びつく飴菓子
公式サイトの “ごあいさつ” ページには、卵の黄身と白身を手作業で分離する保坂裕子店長の説明があります——「秘伝の割合により卵本来の風味を掻き立てることに神経を使い撹拌します。温度も大切で、冷蔵庫に保存する温度や攪拌時の温度管理にも気を遣い、商品を口に入れたときの風味を大切にしています」。
令和3年(2021年)のリニューアルオープンで新設備になったとはいえ、核となる手作業は変わらず続いている。これが「ほさかの栗せん」の価値の芯です。
📷 公式サイトから(商品紹介目的の引用)

※ 引用元:hosaka-kurisen.com 公式

※ 引用元:hosaka-kurisen.com 公式

※ 引用元:hosaka-kurisen.com 公式

※ 引用元:hosaka-kurisen.com 公式

※ 引用元:hosaka-kurisen.com 公式
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